ベテラン社員と後任がこじれたとき|敵対せず、横に座る

実際にあった話を、書ける範囲で書きます。

支援先の会社に、ある業務を長年ひとりで担ってきたベテラン社員がいました。細かな段取りも判断の基準も、その人の頭の中にしかなく、誰にも代わりが務まらない。いわゆる属人化です。将来を考えて後任を採用し、引き継ぎを始めたところで、問題が起きました。

指導が、厳しすぎるのです。後任は萎縮していく。見かねた社長が声をかけると、ベテランから長いメールが返ってきました。要旨はこうです。厳しくなるのは間違いがあると困るからで、仕方がない。教えることは教えたら、身を引くことも考えている。でも、この仕事はどこへ行っても同じですよ——。

社長は途方に暮れて、私のところに相談が来ました。

正論で押したら、どうなっていたか

このメールを読んで、私が社長に伝えた分析は、厳しいものでした。

「厳しく教えるのは仕方ない」——仕方なくありません。厳しさは手段であって、目的は後任が一人前になることです。萎縮させる厳しさは、目的に対して逆効果でしかない。「どこへ行っても同じ」——これは、ハラスメントをする人の常套句です。実際にはそんなことはなく、よそへ移って存分に活躍する人はいくらでもいます。行動の内容によっては、パワハラの3要件(地位・優位性の利用/業務の適正な範囲を超えること/精神的苦痛や職場環境の悪化)に触れるおそれがあり、こじれれば法的なリスクもある。放置すれば、後任が先に潰れます。

では、この分析を正論のまま本人にぶつけたら、どうなるか。

まず感情のぶつかり合いになって、こじれにこじれます。本人は辞めません。会社と社長に敵意を持ったまま、生活のために働き続けます。会社の急所を握る仕事に、敵意が座り続ける。それが続けば、訴訟に発展することもある。本人が訴訟のために情報を集め始めるかもしれない。辞めれば辞めたで、口コミサイトに書かれて採用に響く。社内では、強く当たられた社員が辞め、空気が悪くなっていく。

決裂という派手な結末ではなく、問題がそのまま住みつく。正論で押した場合に実際に起きるのは、これです。

社長に伝えたこと:相手の身になって、横に座る

だから、私が社長に最初に勧めたのは、責めることではありませんでした。まず、労うことです。

このベテランは、誰にも教わらず、自分の工夫だけで仕事のやり方を一から作り上げてきた人です。その苦労は本物です。そして、新しい人が入るたびに、自分の居場所が揺らぐように感じてきたはずです。攻撃的なメールの中身は、よく読めば、防御なのです。

社長には、「この人はこう考えている」「この人なら、こう思うだろう」を、繰り返し伝えました。社長にとって納得できなくても、不合理に見えても、その人の目にはそう映っている。自分の常識と理解を一回横に置いて、相手の身になってみる。どれだけ手を焼く社員が相手でも、雇っている側であるからには、まずそれをやる。

面談の姿勢も、そこから決まります。私が社長にいろいろな言葉で伝えたのは、要するに、対面で対峙するのではなく、横に寄り添って座るような姿勢で向き合ってほしい、ということでした。座席の話ではなく、イメージの話です。向かい合えば、問い詰める形になる。横に並べば、同じ問題を一緒に眺める形になる。敵ではなく味方だという位置から、話を始めてほしい、と。

もうひとつ、順番があります。感情が先、リスクは後です。私は社長への説明でも、本人の苦労への理解を先に置いて、法的リスクの話は後にしました。順番が逆だと、社長は脅威しか感じません。脅威で動けば、面談は「リスク処理」になってしまい、その姿勢は相手に必ず伝わります。

2時間半の対話と、本人の言葉

ここから先は、社長の力です。

社長は、本人と長い時間をかけて話しました。責めずに、これまでの働きを認めるところから。不満もたくさん出たそうです。腹の立つ言葉もあったはずです。それを受け止めて、最後まで穏やかに話し続けるのは、言うほど簡単なことではありません。助言は、実行する人がいて初めて意味を持ちます。厳しい話し合いから逃げず、真摯に社員と向き合った社長の姿勢が、この結果を作りました。

対話の終わりには、引き継ぎを進めて区切りをつける方向で、前向きに合意できました。そして面談の後、本人から社長に届いたメールに、こんな一節がありました。

話しているうちに、自分は、話を聞いてほしかっただけなのかもしれない、と思いました——。

攻撃の形をしていたものは、攻撃したくてしていたものではなかったのです。責める面談だったら、この言葉は絶対に出てきません。本人が自分でそこに辿り着けたのは、長い時間、味方の位置に座り続けた社長がいたからです。本人はその後、穏やかに引き継ぎを進め、円満に会社を去りました。この会社で働けて良かった、という言葉を残して。

読んだ社長が、明日できること

同じような「うちのベテラン」を思い浮かべた方へ。手順は三つです。

まず、自分の姿勢を点検してください。相手を、直すべき問題として見ていないか。敵対の姿勢は、言葉をどれだけ選んでも伝わります。

次に、一人で抱えて不安なら、面談の前に誰かと壁打ちをしてください。第三者を面談に同席させるのは勧めません。2対1の構図になった瞬間、話は防御戦になります。そうではなく、事前に相談しながら、自分のその社員への見方や態度を棚卸しして、客観的に眺められる状態にしてから臨む。準備するのは想定問答ではなく、自分の姿勢の方です。

そして、これは今こじれていない会社への話ですが、平時から「社員の話を聞く社外の人」を置いておく手があります。こじれてから第三者を入れても、警戒されるだけです。月に一度、30分の面談でも、続いていれば信頼関係ができます。何かが起きる前から話を聞いている人は、起きたときに間に入れる。労務顧問の面談は、この保険として機能します(→ 顧問について /komon)。

長年会社を支えた人ほど、こじれたときの扱いは難しい。ただ、難しさの中身は、法律や手続きよりも、姿勢と順番です。対峙せず、横に寄り添う。感情が先、リスクは後。それだけで、行き先は大きく変わります。

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この記事を書いた人

早田直弘

早田直弘(そうだ なおひろ)

中小企業診断士・社会保険労務士

早田経営支援オフィス代表。

人の問題を経営改善の視点から、経営の問題を人の切り口から、複合的に根本から解決していく、中小企業診断士×社会保険労務士。

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